竹製温泉冷却装置「湯雨竹」

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竹製温泉冷却装置「湯雨竹」

「湯雨竹」施工日記

「枝条架」との出会いで本格的な開発が始動

話はすぐにまとまり、プロジェクトメンバーは兵庫県赤穂市へ視察に出かけることになった。
平成16年8月。一行は兵庫県赤穂市にある赤穂海浜公園にいた。その日はカンカン照りの猛暑で、全員の顔から汗がしたたり落ちていた。

「結構大きなものなんですなあ、枝条架っていうのは」

「これでも実物よりは小型化して作ってあるらしいんですが、実際に塩づくりができるそうですよ」

斉藤は、ここに来る前に立ち寄った赤穂市海洋科学館で手に入れた枝条架の図面を手に、その構造に見入っていた。

「なるほど、海水の滞留時間を長くすることで水分の蒸発を促進しているのか。そのために5〜6mほどの大きさが必要だったんだな」

枝条架の視察は、冷却装置開発の大きなヒントとなった。プロジェクトの技術系メンバーは、今回の視察をもとに冷却装置開発の概略を次のように定めた。
まず、源泉のお湯をポンプである程度の高さまで持ち上げ、縁に凹凸が付いたヒノキの樋(とい)に入れる。やがて樋は熱いお湯でいっぱいとなり、樋の凹部分からこぼれ落ち、竹枝を伝って下に設けた水槽にためていくというシステムだ。
果たして、源泉のお湯の温度はこれで下がるのか。プロジェクトメンバーは実機を製作する前に、試作機を作り実験に取りかかった。数度にわたり、小型の試作機で実験が行われた。枝の角度、広げ方、並べ方に始まり、お湯の流し方、分散の方法など、ノウハウが様々に蓄積されていった。回を重ねるうち、熱湯は「いい湯加減」になるようになった。

秋が過ぎ、冬になっていた。わずか半年の開発期間が何年にも感じられた。ここまでは上手く行き過ぎているようだ、河野社長は思った。だが、こんな充実感、高揚感はいつ以来だろう。次はいよいよ、実機に近い大型の試作機で実験を行うことになる。正念場である。
設計士と打合せを重ね、図面が出来上がった。

「完成はいつですか」

「2ヵ月先かな」

「待ち遠しいですね。」

装置を置く基礎工事が済み、配管が組まれた。そして、ついに試作機が完成した。

「でかいなあ!」

一同は試作機を見上げた。これまではオモチャのような小型機で実験してきた。計算上、大型化しても同じ効果があるはずだ。しかし、理論と実験結果は噛み合わないこともある。果たして大丈夫だろうか。表面は「できた、できた」と喜びながら、河野社長の胸に言い知れぬ不安が去来した。

「いいですか、お湯をかけますよ」

一同は固唾を飲み込んで、源泉パイプのコックを持つ河野専務の手に注目した。今回の試作機は、お湯が少しでも空中にとどまりやすいように、竹枝をハの字型に多段に取り付けている。何度も実験して得たノウハウがふんだんに詰め込まれている。理論的には必ず湯温が下がるはずだが…。

「下がりました! 実験成功です」

温度計を見ると、98℃あった源泉の熱湯がなんと、17℃にまで下がっている。これを見てメンバーのこわばった表情が笑顔に一変した。
お湯をかけて水槽に落ちるまでの時間はわずか数秒。斉藤から実験の成功は間違いないと言われてはいたが、河野社長は今、目の前で起こった現実が信じられなかった。こんなにもシンプルな構造で、こんなにも早く温度が下がるとは…。衝撃が心の中から次第に去っていくと、今度は代わりに大きな喜びが押し寄せてきた。
しかし、である。次の声が河野社長を現実に引き戻した。

「えーと、今の気温は、摂氏1度です」

「え?1℃だって?」

そう、興奮していて気づかなかったが、今は2月。天候は雪、強風。吹雪をついての実験だった。

「冷えた冷えた言うてますけど、実は、外が寒いから冷えてるんと違います?」

誰もが感じていた「禁句」をつい、口にした。皆、苦笑した。

「まあこれは、超〜追い風参考記録やな」

「いや、大丈夫。夏でもきっと冷えますよ」

「ほんまかいな」

「よっしゃ。疑うんなら、装置をビニールハウスの中に入れて実験しようじゃないか」

真夏でも、どんな蒸し暑い日でも、本当にこれで温泉が冷えるのか。その実験を行うことになった。
装置のまわりに建設現場でおなじみの「足場」が組まれた。足場にはブルーシートが掛けられ、試作機は全身すっぽりと覆われた。

「一体、なんの実験?」

通行人が不思議そうに尋ねる。

「いまは言われへんねん」

河野専務が人差し指を口に当てて答えた。

早速、湯が通された。外は寒いが、ブルーシートの中には熱気がじわじわ充満し始める。温度計の針はグングン上昇し、蒸し風呂のようになってきた。

「今の温度は、エーと52℃!湿度90%」

河野専務が人差し指を口に当てて答えた。

これ以上、不利な条件はあるまい。この中でお湯が冷えたら、サウジアラビアでも パプアニューギニアでも大丈夫だ。

そして、お湯の温度は。

「48.1℃、48.1℃まで、冷えてます!!」

やった!河野社長は心底、ホッとした。これで、間違いない。しかし、いまだに目の前の現実は、信じ難かった。これまでいかに100℃の湯に苦労してきたか。100℃の熱湯が容易に冷めないことは自分が一番よく知っている。湯が冷める10時間ものあいだ、店を閉める。それが、どれほど経営者にとって苦痛か。それがどうだ。10秒とかからぬうちに、いい湯加減になっている。

そこへ隣のホテルの社長が顔を出した。

「これで本当に湯が冷えるの?」

やはり信じられないらしい。下の湯溜まりは確かに適温だ。納得いかないらしく、脚立によじ登り、源泉が供給される樋にも温度計を突っ込んでいる。

「ほう、源泉は97℃だ。不思議やなあ」

「えへへ。不思議でしょう?社長」

思わず、河野社長は満面の笑みを浮かべ、隣の社長に声を掛けた。嬉しさが、こみ上げてきた。
これでひょうたん温泉®の泉質を変えることなく、適温の温泉をお客様に提供することができる。しかも形状が印象的なので、温泉地としての景観にもふさわしい。ということは、ひょうたん温泉®の特長として差別化の材料にもなるのではないか、と温泉施設の経営者らしい考えを巡らせていると、河野専務が突然こんなことを言い出した。

「これをひょうたん温泉®だけで利用するのではなく、源泉が高温で困っている別府の他の施設、いや全国の温泉地にも当社のオリジナル商品として普及させていくというのはどうでしょう」

「それはいいですねえ。竹製温泉冷却装置を普及させていけば、温泉施設の経営者も喜ぶでしょうが、何よりも私たちのような人間にとって嬉しい状況になります」

斉藤は温泉マニアの立場からこう言った。